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ここは「秘密の部屋」や「隠しSS」とは関係ありませんが、見つけてくださって嬉しいです。

「秘密の部屋」は、南瓜さんが素敵な空間を作ってくれたので、また見に行ってくださると嬉しいです。

隠しSSもよかったら見てください。

燭へしは、現実主義者×理想主義者で正反対だな~と思いながらもう6年も経ってしまいました。

どんな状況に置かれても二人は輝くので飽きないですね…。

【注意】

・刀剣破壊の示唆​

​・主人公がモブ(審神者)

美しい鉄片を/燭へし

 燭台切はよく斬れる鉄片を持っている。指でつまめるほどの小さなむき出しの刃だ。彼いわく小刀からペーパーナイフの代わりまで務められるそうで、常に黒い革手袋に握られている。

 自らが重傷を負った時にこぼれた刃の欠片だと隻眼の刀は言う。本丸一の討伐数を誇り、優秀な近侍でもある彼が、戦場で手ひどくやられる様は想像できないが、鉄片からは男士の力がかすかに感じ取れるのであった。

 しがない雇われ審神者の私に、本丸を引き継ぐ前のことは知らされていない。けれども、その琥珀色の瞳の奥に何かを隠していることだけは分かった。琥珀がかつて生きていた小さな命の抜け殻をやさしく抱いているように。

 冷え込んだある夜、私は燭台切と翌朝が期限の書類を作っていた。伊達男は私の不手際をなじることなく手伝ってくれていたが、丑の刻も過ぎようかという頃、彼の頭が前後に揺れ始めた。

「燭台切、もう戻ってくれ。私ひとりで終わるだろう」

 燭台切の頭はゆらゆら揺れたままで、返事はない。しばらく黙ってみていると、机に額をぶつけそうになりながら寸前ではっと気づいて顔をあげるのを三回ほど繰り返した。このまま眠るのではないだろうか。毛布でもかけようかと私が立ち上がった瞬間、燭台切の目がぱちりと開いた。ぎらりと光る黄金の眼が素早く私の方を見上げた。

「どうしたんだい」

「……ずいぶん無理をさせてしまった。起こしてすまないね」

 私が座り直すと、燭台切は目を細め、ほっとしたように肩が下がった。

「格好悪いところを見られちゃったな」

「……」

 顔を洗ってくるよ、と燭台切は席を立った。

 ふと彼の机に目をやれば、書類の上にきらりと光るものがある。覗き込めば、あの鉄片だった。肌身離さず持っているのに珍しいことだ。

 鉄片は、障子の隙間から覗く夜明けの空を映していた。綺麗だ。少し好奇心が湧き、そっと触れてみる。

「いたっ」

 じくりと痛みが走った。慌てて手を引っ込めたが、手のひらを開いてみれば人差し指の腹に短い線が走り、じわりと血がにじみ出てきた。

 まるでお前には扱えないと拒絶されたようだった。なんとも持ち主に似て気高い欠片である。

 私は絆創膏を貼り、しばらく未練がましく眺めていたが、少し角度を変えるだけで、万華鏡のように紫、青、群青、次々と別の空を映してゆき、触れずとも十分に美しかった。そして、その全てが、排気ガスに覆われ、ミサイルの飛び交う現実の空よりもずっと澄んでいた。それでいて、どこか寂しい色をしている。

 これは、燭台切光忠ではない。

 それは直感だった。この鉄片は、美しいものを映す鏡だ。燭台切のように、どんなものでも美しく整えようとはしない。私のような凡俗な男には目もくれず、ただひたすらに美しいものを求めてひた走る。理想を追いかけ、やがて、この鉄片は知ったのだ。己の刃に映せるものは、もうここにはなかったと。

「主、ごめんね、少し眠ってしまって……」

 照れたように頭をかきながら戻ってきた燭台切は、目ざとく私の指の絆創膏を見つけて一瞬顔をこわばらせたが、すぐに笑顔になった。

「その刃、綺麗だろう。でもね、圧し当てるだけで斬れるんだよ」

「そのようだな」

 私が指の絆創膏を見せると、燭台切は「もう。勝手に触っちゃだめだよ」と幼子にでもいうように優しげに注意し、そして自分は素手で触った。やはり、燭台切がいくら触れても、その刃は彼の白い肌を決して破らないのだった。

「一番よく斬れるんだ」

「へえ。部隊長よりも切れるのか?」

「ひょっとしたら僕よりも斬れるかもしれないね。混じりけのない純粋な鉄は、本当によく斬れるんだ」

 琥珀色の瞳は、障子の隙間からのぞく朝焼けを映した。きっと、鉄片の本当の主を思い出しているに違いない。

「燭台切、その子は――どんな刀だったか聞いてもいいか」

 おずおずと尋ねると、燭台切は驚いたように目を瞬かせた。それと同時に、隠すように手のひらで刃を覆ったのを私は見逃すことができなかった。昔の主人のように名刀を収集する趣味など、私には欠片もないことを、彼らは知らない。

「少し気になっただけだ。燭台切が話したくないなら、話さなくてもいい

 慌てて付け足した私に、燭台切は頭を横に振った。

「誰よりも斬れる刀が、一番幸せになれると思う刀だったんだ」

 燭台切は、鉄片に優しい眼差しを向けた。私の質問に答えながらも、その言葉は私に向けたものではないようだった。

「そうなら、その刀は今、燭台切の手の中できっと幸せだろうな」

 ちょうど流れてきた雲が朝日を遮り、燭台切の顔に影がかかって、その表情は見えなかった。私が目を凝らしているうちに鳥がさえずり始め、空は白み始めた。もうすぐ朝が来る。

「そうだといいね」

 朝日を浴びた燭台切はふっと朗らかに笑って、さりげなく刃を胸の内ポケットにしまった。

 私はこの一件以降、美しい隻眼の刀が、過去のかけらを使ってものを切っているのを見かけなくなった。ただ彼が時折届けてくれる荷物は、まるで誰よりも斬れる刃を圧し当てたかのように、きれいに封が切られている。

(了)

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