top of page

​ようこそ、ハズレページへ

​つ目の穴を、あなたは覗いています

​穴

怪奇幻想系?SSです

ややびっくりホラー表現あり

・刀剣破壊の示唆を含みます。

「名探偵長谷部くん!」に戻りたい方は、

下のシーツおばけから戻ってください↓

 非番の日、決まって燭台切は消える。本丸中を探し回るのだが、どこにもいない。


「燭台切、いるか?」


 襖を開けて尋ねれば、加州が「わっ」と声を上げてマニキュアの瓶を取り落とし、中身が畳にこぼれ出て赤く歪な円を描いた。まるで真っ赤な血だまりのようで、ふとどこかで似たようなものを見た気がした。


「長谷部、びっくりさせないでよ。あー、もうこれ新品だったのに」
「いないな」
「聞いてる? 今、お前のせ」
 俺はぴしゃりと襖を閉めた。途端に加州の声は聞こえなくなった。


 一体どこにいったのだろう。俺は燭台切を探して襖を開け続ける。隣へ、そのまた隣へ。顔が広い男だから、どの刀の部屋にいてもおかしくない。けれども、いつも男は見つからず、非番の日は終わるのだ。
 夜が明ければ、男はいつものように俺の肩に手を置いて言うだろう。


――長谷部くん、休みの日は何してた?
――俺は。


 お前をずっと探していた、などと口が裂けても言えない。燭台切は俺のいない休日を笑顔で過ごしていたのだろう。俺ばかりが惨めだった。


「どうして、こんな思いをしなければならない……」


 俺たちはおそらく恋仲だった。とりたてて告白やデートなどといった手順を経ては来なかったが、おしゃべりな打刀の連中は俺たちが二人でいるとはやし立て、調子のいい太刀どもは口笛を吹き、真面目な短刀たちは「内番を代わってくださいませんか、燭台切さんと同じ日に非番にしますから」と言い捨てて遊びにいく。そうして去っていく彼らの背に向かって、燭台切は困ったように笑うのだ。ばれちゃったな、と。


 燭台切は美しい刀だ。本丸の誰もが認めている。それは二の腕に残る金箔のことでも、視線が動くたびにきらりと光る金眼のことでもあるだろうが、俺にとっては太刀筋のことだった。燭台切が刀を振れば、それは空中に流麗な線を引くようだった。可視化すれば模様が描けるのではないかと思う。俺は、その線をなぞってみたい。


 けれども、そんな夢想を繰り返し、胸を躍らせているのは俺だけなのだろうか。燭台切は一向に見つからない。
 何枚も襖を開け、やるせない気持ちに足取りが重くなってきた頃だった。ある部屋の襖を開けて、思わず息を飲んだ。


――なんだ、あれは。


 正面の壁に、黒い歪な円形が貼りついている。幼い連中がペンキで落書きをしたようにも、未知の甲虫のようにも見えた。遡行軍が出現したような、どこか禍々しい空気に肌がちりちりと痛む。


 誰の部屋だ。本丸中を練り歩くうちに方向感覚が狂ったのか、部屋の主人は見当もつかない。中へ足を一歩踏み入れると見覚えのある間取りではあった。


 入口の傍には文机があり、引き出しがほんの少し開いていて、どうぞ使ってくださいとばかりにマッチがはみ出していた。試しに一本擦って火をつける。手を伸ばして心もち穴に近づけてみたが、黒色はべったりと貼りついたままだ。生き物のたぐいではないらしい。


 そこで俺はおかしなことに気がついた。真っ黒のままだ。火を近づけているのに、少しも明るさを帯びず、ただのっぺりと黒い歪な円がそこにある。なんだ、これは。

bottom of page